Theme
起業の潮流
公開日:2024.07.29
2024年のVivaTechでは、約8割のスタートアップが何らかの形でAIを事業に組み込んでいたと公式に発信されるほど、「AI一色」な印象となりました。
AIとサステナビリティ領域で注目のスタートアップ企業5社を紹介します。
AI注目企業① 視覚障害者向けウェアラブルデバイス「biped(バイペッド)」
biped – Using AI to enhance mobility of blind and visually impaired people
bipedは、目の不自由な方向けに、身の回りの障害物をセンサーとAIで検知し、適切な回避方法を瞬時に提案するウェアデバイスを開発しています。この技術はホンダの自動運転技術を別用途に活用しているとのことで、オープンイノベーションの様相もあるトピックとして印象的です。
bipedのほかにも、脳の電気信号を元に手を動かす義手とAIを組み合わせることで、より元の手に近い動きを実現する義手を開発するスタートアップが多くの参加者を集める光景もみられました。前編で紹介のヘラルボニー社然り、社会的平等に関する強い関心は後述のサステナビリティにも通ずるトレンドといえそうです。
AI注目企業② 3Dモデルとクリエイティブブリーフに基づいた生成AI開発「FancyTech(ファンシーテック)」
Create Fashion Images and Videos with AI
FancyTechは、LVMH Innovation Awardでグランプリを獲得した中国のスタートアップです。ファッションや化粧品、電化製品等の消費者向け製品メーカーを対象に、ブランドイメージを維持しつつ、商品を魅力的に見せるプロモーションコンテンツを作成するAIを開発しています。
特徴的なのは、物理的な製品をレーザースキャナで読み取り、そのデータを元にAIで解析するプロセスを有していることです。あくまで商品を主体に据えつつ、3Dモデル化した商品とさまざまなテンプレートライブラリを組み合わせることで、プロモーションの多様性を担保しています。
ラグジュアリーを含め、小売業界の裾野が広いフランスでは、小売×Tech、いわゆるリテールテックに大きな注目があります。FancyTechは、小売産業のアップデートを目指す海外スタートアップにとってフランスは魅力的な市場として、一定の認知を得ていることが読み取れます。
AI注目企業③ オンコロジー分野のヘルステックスタートアップ「 Primaa(プリマ)」
出典:Primaa
Primaaは、AIを用いた画像認識技術を用いることで、病理医によるがん組織評価の正確性を向上させるサービス開発を行う、オンコロジー(がんなどの研究を行う腫瘍学)分野のヘルステックスタートアップです。2024年6月時点で、乳がんと皮膚がん患者の病理診断画像をAIに学習させ、100%に近い精度で病変部位を特定することができます。
背景として、がん患者の増加に伴いがん細胞の有無をバイオマーカーから特定する病理医の工数が逼迫していることも、Primaaのサービスが注目される理由の一つです。人生100年時代における社会保障費増大など、社会全体の課題の解決にAIが直結している典型的な事例として、今後のスケールが期待されるAIスタートアップの一つです。
サステナビリティは、欧州グリーンディールをはじめとした規制先行による市場形成を進めるヨーロッパにおいて、特徴的なトピックです。特に気候変動等の環境文脈の対応は、当地のビジネスプレイヤーが対応を迫られていることもあり、そのニーズに応えるスタートアップ、またスタートアップエコシステムが活発化しています。
Viva Technology(ビバテクノロジー)、Wavestone(ウェーブストーン)、OpinionWay(オピニオンウェイ)が共同で2024年2月に実施した調査によると、ヨーロッパとアメリカのリーダーの93%が、気候変動を含む課題に取り組む上でテクノロジーが重要と認識しています。さらに、2023年には気候技術スタートアップのためにベンチャーキャピタルやプライベートエクイティで510億米ドル以上が調達されました。
サステナビリティは今年もVivaTechでも主要テーマの一つであり、会場には1,500m² のサステナ系のイノベーションに特化したエリア 「Impact Bridge」が新たに設置されました。
ビジネスプレイヤーや消費者にとって引き続き共通課題となるサステナビリティに対し、ヨーロッパで先行する技術・サービスを有するスタートアップ2社を以下紹介します。
サステナビリティ注目企業① 浸透圧を活用したクリーンエネルギーを発電「Sweetch Energy(スウィーチエナジー)」
Sweetch Energyは、2015年に設立され、フランスのレンヌを拠点とするスタートアップです。Sweetchの「INOD」と呼ばれる技術は、塩水から電気を生み出すことができる浸透圧発電に特色があります。浸透圧とは2種類の濃度が異なる溶液が、濃度を同じにするように液体中で働く圧力のことで、Sweetchの場合、海と川の境目となる汽水域に生じる浸透圧を活用して発電するコンセプトを有しています。 太陽光や風力とは異なり、天候に左右されないことが特徴で、2050年のエネルギー消費の15%以上を占めるポテンシャルがあるとSweetchは発信しています。
既にフランス・ローヌ川河口に10年かけて500MW級の発電所建設を計画しているほか、著名な欧州の機関(Crédit Mutuel Impact、EDF、CNR、Go Capital、Demeter Investment Managers、Future Positive Capital等々)らの支援を受けており、さらなるスケールが期待されます。
サステナビリティ注目企業② 廃棄物を生分解性ポリマー材料に変換するバイオテック「Dionymer(ディオニメール)」
出典:Dionymer
Dionymerは、バイオ・化学の技術を応用、微生物を使用して生物由来の廃棄物を生分解性ポリマー(PHA)に変換することで、循環型社会を実現する技術を開発しています。農業・食品業界に由来する廃棄物や食糧廃棄物は大きな問題となっています。毎日大量に排出されるバイオ廃棄物に新たな用途を見出し利用することで、生産者は新たな高付加価値の収入源を手に入れることができます。また、化粧品、包装、医療、繊維など、さまざまな製品に利用される石油由来のプラスチックをバイオプラスチックに置き換えることで、製造業者の環境負荷も軽減できます。
先述の欧州グリーンディールで2030年に食糧廃棄を半分にすることが明記されるなど、法的な拘束力をもって各国、各プレイヤーが食糧廃棄に対して取り組むことが欧州では求められています。農家や地方自治体、農業食品企業における喫緊の課題を解決するスタートアップとして定点観測すべきトピックではないでしょうか。
VivaTechは、発展し続けるフランスのスタートアップ・エコシステムに関する政策発表の場としても重要な役割を果たしてきました。毎年キーノートセッションを実施しているマクロン大統領は今回生憎不参加でしたが、French Techをはじめとする産官学の支援側のプレイヤーから、現状のフランス・スタートアップの状況と今後の可能性が発信されました。「La French Tech」のディレクターを務めるClara Chappaz氏が登壇した「Perspectives on Investment and the Innovation Landscape」では、フランスのスタートアップ・エコシステムが目指すべき方向性が議論されました。
彼女は、AIとClimate Tech(気候テック)がフランスが明確に注力していくイノベーション領域であることを語りました。前者はOpenAIの登場以降、生成系AIが世界的に社会インフラとなりつつありますが、フランスはさかのぼること2010年代からAIを活用したデータドリブン型社会の実現と人材育成に力を入れています。その成果も相まってか、世界でベスト10に入る生成系AIのプラットフォーマーのうち、フランスのスタートアップ (Mistral AI)が唯一アメリカ以外にランクインしています。
一方、Climate Tech(気候テック)分野では、ロシア-ウクライナの戦争以降、ヨーロッパ全体でエネルギー遠圏内で自給自足する取り組みが加速しています。原子力による電力生産を確立してきたフランスでは、エネルギーを蓄えるバッテリー技術が特に重要視されており、関連する大企業の誘致とスタートアップへの支援が進められています。
またClara氏からは、「スタートアップは調達額に躍起になるな、顧客を探すことが最優先だ」とのメッセージもありました。世界経済の停滞と合わせて世界全体でスタートアップの資金調達額は一時期に比べ下がっていますが、よりよい世界を実現すべく、自社のリソースを集中させる、スタートアップの原点に立ち返ることが持続的なスタートアップ・エコシステムの発展につながることを示唆しています。彼女自身フランス発スタートアップのC-Levelであった経験もあり、その発言が説得力をもつ所以といえるでしょう。
今年のVivaTech 2024は、過去最大規模での開催となり、全世界から多くの来場者とスタートアップを集めました。
AIやサステナビリティといった世界的なトレンドはもちろんのこと、それらに対しヨーロッパやフランス発のスタートアップが市場にローカライズした形で生まれ、成長していることが強く感じられたカンファレンスとなりました。フランスのスタートアップ・エコシステムにおいてもAIとClimate Tech(気候テック)への注力が明確に打ち出されており、EU圏内外の垣根を超えた競争がいっそう促進されることが想定されます。
日本のスタートアップ・エコシステムにとっては、海外のスタートアップ・シーンに対して大きく露出した一つのマイルストーンとなったことは間違いないでしょう。このマイルストーンを一過性にすることなく、ヒト・モノ・カネに海外の軸を通した挑戦と支援を継続的に実施していくべきではないでしょうか。