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【起業家教育の現場から】学生が「課題を見つけ、解決案を創造し、行動する」小さくも大きい経験

こんにちはイムソニョンです。 前回の記事「アントレプレナーシップ教育の核は「失敗の許容」 自己効力感を上げる起業家教育」では、アントレプレナーシップ教育の必要性を、失敗と成功の過程や、自分ならできると信じられる力=セルフ・エフィカシー(自己効力感)の観点からお伝えしました。 今回と次回は、教育への思いを基に、実際どのようなアントレプレナーシッププログラムを実施したのか、実施経緯と内容、実施後の効果についてお話したいと思います。

林 宣伶(イム ソニョン)

株式会社ツクリエ アントレプレナーシップ教育担当|大阪公立大学 特任助教(アントレプレナーシップ教育、システム思考)

2003年ソウル大学(韓国伝統音楽専攻)卒業、2020年慶應義塾大学大学院 SDM研究科修士修了。伝統音楽教師、大韓航空グランドスタッフ、千葉大学先進的マルチキャリア博士人材養成プログラム事務職、信州大学助教・UniversityResearchAdministratorを経て現職。現在、大阪公立大学でアントレプレナーシップ教育担当として大学生向けにプロジェクト型ラーニングプログラムを企画実施するほか、株式会社ツクリエでアントレプレナーシップ教育・研修プログラムの設計を行う。前職の信州大学では、国際学術推進制度策定、大型産学官連携研究プロジェクト、異分野研究ワークショップ、産学官コーディネーター向けワークショップ設計、高校生向けシステムデザイン思考を用いた課題探求型教育に従事。その他、NPO法人Sharing Caring Culture理事、knots associates株式会社システムデザイン/価値創出研修支援スタッフ、カスタマイズした教育研修プログラムを提供する「Imusha」代表。

発端はコロナ禍。学生の主体性に火を灯すことから

私は現在、大阪公立大学(旧大阪府立大学、旧大阪市立大学)の、イノベーションを創出する研究人材の育成を目的とした「高度人材育成推進センター(Center for Advanced Education in Entrepreneurship and Innovation)」で特任助教を勤めながら、複数の企業・機関で活動をしています。
大阪公立大学に赴任したのは、2021年4月。2020年春からCovid19の影響が続き、緊急事態宣言、自粛、第〇派などとコロナ禍が続きました。

着任した2021年春は、2019年に入学した学生は入学と同時にコロナ禍になり、2年生に。突然入学式がなくなり、しばらく授業もない、やっと開始した授業もオンラインになり、地方から来た学生は、新たな住まいに引っ越してもキャンパスにほぼ行けない大学生活に突入。サークルの勧誘も新入生歓迎会も学園祭もなく、コロナ終息後の世界を見込みなく待ち望みながら、大学生活の半分が過ぎようとしていました。

大学は、専門領域の学問を学ぶ以外にも、社会に出るまでの4年間、自分が何を生業にして生きていくか幅広い経験とつながりを通じて自己探索し成長をしていく時間でもあります。
彼らが得られたはずの、成長の機会や楽しさをコロナ禍により奪われ、得体の知れない不安と、恨む相手もいないモヤモヤを抱えて過ごしているのではと不憫に思っていました。

そこで発足したのが、学生が自分たちの置かれた状況から課題を設定し、解決案を考え、実践するプログラム「キャンププロジェクト」です。
学生の学びと成長の機会が大幅に制限されている現状に対する目先の策でもありましたが、自ら置かれた環境を見渡して問題を認識し、課題を設定して解決に向けて取り組むこと。チームを組んでコミュニケーションを取り、ステークホルダーを巻き込み、リソースを得て実践する過程そのものがアントレプレナーシップ(起業家精神)を育むことになります。

プロジェクト立上げのプロセスを簡単にいうと、センター長に承認を得て、学生に仮説や前提を確認し、プロジェクトのコンセプトを構想。プロジェクト参加者を募り、参加する学生に必要な知識を適宜教えます。その後は、学生が自主的にチームミーティングを行いながら課題設定・プロジェクトマネジメント・解決案出し・実施計画策定・予算確保・実施・振返りをします。教員と事務局が都度、必要な知識とスキルを提供し支援。この時は、キャンパスを楽しく演出しながら、学生間のつながりを醸成することを目的に、ランプシェードをつくるワークショップを企画し、学生間の交流を図りながらキャンパスを装飾してイルミネーションを施しました。

プロジェクトの期間は、6月に学生にヒアリングを行い、準備期間を経てハイライトとなるイベントを12月に実施、市立大学と府立大学が統合する中、両キャンパスの学生の交流と協同を図るワークショップを翌年3月に行い一段落になります。

学生のプロジェクトメンバーは9名。1回目のイベントは参加者延べ190人と、想定以上に集まりました。両キャンパスから計15名の学生らが参加したワークショップは、ワークショップの設計・進行・準備・広報まですべて学生が行い、意義のあるプランが生まれ、素晴らしい成果を上げました。学生が就活のエントリーシートに今回の経験を書いたところ、複数の企業から、プロジェクトの詳細をぜひ教えてほしいという問い合わせが大学側にあり、企業も興味を持っていることがわかりました。

意外とない「問いを立てゴールを目指し行動する」体験

アントレプレナーシップ教育というと、一見大きなことをやっているように思われますが、「自ら課題を見つけ、解決案を創造し、行動する」こと自体の経験が、一部の起業を意識するような学生を除いてはあまりないのが実は現状です。ただ一つの正解を導くのではなく、自発的に問いを立て、周囲の合意を得て、お互いが納得できるゴールを目指し行動できるか。社会に出ればそのような機会と多く向き合わざるを得ないのですが、すべての学生にそのマインドが備わっているわけではありません。今回の事例は、アントレプレナーシップ教育の小さくも、初めとしては大きい一歩となりました。同大学は、教員や公務員志望の学生が多く、ほとんどが起業を考えているわけではありませんが、起業の有無に関わらず、アントレプレナーシップ教育に意味があると考えます。

教育側も不確定要素と向き合う覚悟がいる

とはいえ、(ほとんどの物事がそうであるように)時間が経ってみれば順調だったと思えるものの、当時の当事者の目で見ると、泥臭くもどかしい日々の連続でした。
従来は、知識を伝え、知識の習得度を確認できるアウトプットを設計し、教育プログラムや授業を組み立てる一方で、今回のように、学びと成長を知識ではなくソフトスキルに設定し、学生の主体性を軸に場を用意するスタイルは不確定要素が多く、成果に対する挑戦でもありました。
学生にどう作用し着地するのかわからない不安と責任感から、プロジェクト終了後は、学生主体の教育プログラム設計に、しばらく取り組む気力がなくなるほどでした。
不確定要素と向き合い挑戦する過程は、俯瞰してみれば、自分が「アントレプレナーシップ(起業家精神)は、失敗の許容にある」と幾度も伝えてきたこと。自身にも学びと気づきがありました。

具体的に何がどう大変で、それにもかかわらず実施する意義は何か、さらなる課題は何か、
次回の記事で伝えていきます。

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