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【起業家教育の現場から】アントレプレナーシップ教育の核は「失敗の許容」 自己効力感を上げる起業家教育

アントレプレナーシップ教育とは、「起業意思の有無に関わらず、 困難や変化に対し、与えられた環境のみならず、自ら枠を超えて行動を起こし新たな価値を生み出していく力(アントレプレナーシップ)を育む」(※1)こと。 前回の記事「なぜそれほどまでにアントレプレナーシップ教育に熱をあげたのか?」では、教育者でも起業家でもない著者が、8年前にアントレプレナーシップ教育に携わった経緯と、アントレプレナーシップ教育が普及することで、自ら考え判断し、行動しながら試行錯誤することを良しとする社会構造や文化を醸成できると信じていたというお話をしました。 今回の記事では、なぜアントレプレナーシップ教育が、そのような役割を果たせるのか?について触れたいと思います。

林 宣伶(イム ソニョン)

株式会社ツクリエ アントレプレナーシップ教育担当|大阪公立大学 特任助教(アントレプレナーシップ教育、システム思考)

2003年ソウル大学(韓国伝統音楽専攻)卒業、2020年慶應義塾大学大学院 SDM研究科修士修了。伝統音楽教師、大韓航空グランドスタッフ、千葉大学先進的マルチキャリア博士人材養成プログラム事務職、信州大学助教・UniversityResearchAdministratorを経て現職。現在、大阪公立大学でアントレプレナーシップ教育担当として大学生向けにプロジェクト型ラーニングプログラムを企画実施するほか、株式会社ツクリエでアントレプレナーシップ教育・研修プログラムの設計を行う。前職の信州大学では、国際学術推進制度策定、大型産学官連携研究プロジェクト、異分野研究ワークショップ、産学官コーディネーター向けワークショップ設計、高校生向けシステムデザイン思考を用いた課題探求型教育に従事。その他、NPO法人Sharing Caring Culture理事、knots associates株式会社システムデザイン/価値創出研修支援スタッフ、カスタマイズした教育研修プログラムを提供する「Imusha」代表。

学校教育で感じさせられる劣等感

突然ですが、皆さんはコンプレックス(劣等感)を持っていますか? 持っているなら、どんなコンプレックスでしょうか?

私は幼稚園から大学まで、先生が何を言おうとしているのか、何を求められ、どう行動すべきかをうまく理解できず、常に「何をしても上手にできない」という思いで、やりたいことがないまま社会人になりました。社会人になってもその呪縛は解けず、「何をしても上手にできない」思いがつきまとい、上手にしなくてはという焦りが増すばかりでした(その後どのようなことがあり、今はどんな思いで、どのように生きているかは、あまりにも話が逸れるので割愛します)。

今思うと、このような学校生活での経験が、学校教育そのものに課題を感じ、変えたいと願う動機の奥にあります。

朝早く起き、決められた時間に行動し、長時間落ち着いて座り続け授業を受け、理由がわからない規則を覚えて守り、先生の指示を正確に理解し、忍耐強くコツコツと勉強をする、しかもそれらを決められた年齢の時に……。
「社会の一員として生きるための基本」とされていることができるのは、もちろん大事なこと。一方で、できない人へのサポートと、才能を発掘し活かす機会が少ないことが惜しいのです。
褒められるための行動様式と分野の範囲がとても狭く、学校や社会の中でダメ出しされ、勇気を失い、気づかぬうちにコンプレックスを植え付けられている状態を変えることから、アントレプレナーシップ教育が始まります。

私自身、早生まれかつ発達が遅い方であったため、学校から求められることに対し、褒められる水準まで達成することができないことに劣等感を抱きながら、大事な時期の学びの機会と喜びを失ってきたと悔んでいます。

本来の才能を伸ばし、自ら考え学ぶ力を養う

人それぞれの存在がそのまま認められる社会、できることが認められ、成長し、本来の才能を伸ばすことができる教育を強く願っています。
そのような社会と教育の実現に向けたアプローチの一つに、アントレプレナーシップ教育が有効なのです。
なぜなら、アントレプレナーシップ(起業家精神)の核は、「失敗の許容」だからです。

経営思想家のピーター・ドラッカーは著書「イノベーションと企業家精神」(※2) で、

「アントレプレナーシップとは、イノベーションを武器として、変化の中に機会を発見し、事業を成功させる行動体系である」

と定義しました 。

ここでいう“変化の中”で、何が機会となり、どうすれば成功できるか―。そこには覚えて解ける問題と正解など用意されていません。変化の中にいる以上、「先」に「生」まれた「先生」たちの教えが通用しない場面が多々あるはずです。既存知識の何は使えて何は違うのか、そこから何を学ぶべきか、自ら考え学ぶ力が必要です

“試行と思考”で考える力を育む9の過程

考える過程は、観察して、予想して、試して、修正するの繰り返しであり、無数の修正中の試しが「失敗」とういう姿で現れます。自分ならではの答えを“試行と思考”で導き出しながら、その時その場で、うまくいった途中の成果が「成功」として現れます。

この過程で行われているのは、どんなことでしょう?

変化を機会にとらえるために既存の常識を疑う
違和感を大事にする
異なる観点を許容する
必要な情報を探し整理分析し解釈する
必要とされるモノ・コトが何かを仮定する
試すためのスキル・人・資金などのリソースを獲得する
リソースを戦略的に使いながら勇気をもって実際に試す
結果から学びを得る
それらをもう一度繰り返す

これらを通じ「自ら考え学ぶ力」が身に付きます。

より分解していくと、
① 思考力
② 行動力
③ 自己効力感
④ リーダーシップ
⑤ チームワーク
⑥ 問題発見力
⑦ 伝える力
⑧ 発想力
⑨ 情報収集分析力

この9つには、現代の社会人に必要な能力とマインドが含まれていることが分かります。

私は、アントレプレナーシップ教育は、起業する人を増やす、起業する方法を教える教育ではなく、上記のような9つの力とやろうと思うマインドを養うことと定義しています。

アントレプレナーシップ教育が取り入れられることで、期待できることがあります。
それは、既存の教育の場で、たとえその人が優秀でなくても、周りと同じでなくても、何が得意なのか分からなくても、個々人が持っている視点を活かして力を伸ばし、自己効力感を高めようとする教育が増えることです。自己効力感とは、「自分ならできると自分を信じられる力」、セルフ・エフィカシー(self-efficacy)とも言います。
私も微力ながら貢献していきたいと思っています。

※1 文部科学省主催 令和4年度科学技術人材養成等委託事業
※2 P.F. ドラッカー,2007「イノベーションと企業家精神」上田惇生訳, ダイヤモンド社
※アントレプレナーやアントレプレナーシップは、他にも様々な学者が定義しているので参考になる本を紹介します。山田幸三・江島由裕,2017「1からのアントレプレナーシップ」碩学舎

◆次回の記事では、大学で実際に実施した教育の事例を紹介する予定です。
◆前回の記事 前回の記事「なぜそれほどまでにアントレプレナーシップ教育に熱をあげたのか?」

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