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起業支援の現場から

「いいものなのに売れない」は本当か? クリエイター系起業家がつい見落とす3つの要素

「いい商品をつくったのに売れない…」。そのような起業家からの悩みや起業相談は非常に多い。 クリエイター系起業家はとかく「つくる」ことに精力を注ぎがちだが、事業を継続的に運営してゆくには、プロダクトができた後、知ってもらい売ることに舵を振り切らないと、「いいものなのに売れない。何でだろう? 何が問題かわからない…」の状態に陥る。売れなければ事業は一気に頓挫する。 起業家が陥りがちなこの課題の理由と、この課題に対し起業支援側が提示している解の一例を紹介する。

今泉 裕美子

グイダ合同会社代表|インキュベーションマネージャー

広告代理店(現㈱I&S BBDO)勤務の後、映画・映像製作プロデュース、映画ビジネスを学ぶ社会人向けスクールの立上げ、映画祭運営・洋画配給、コンテンツファンドの組成と案件開拓に従事する。2008年より、ゲーム・映像・アニメ・CG等のコンテンツビジネスの創業支援を目的に東京都が設立した「東京コンテンツインキュベーションセンター(TCIC)」にて、インキュベーションマネージャーとしてコンテンツ起業家を支援。各種ビジネスコンテストやアクセラレーションプログラムのメンター等、コンテンツビジネス振興に関する自治体のアドバイザーやプログラムディレクター等も務めるほか、東京都が設立した創業支援施設「Startup Hub Tokyo 丸の内」で起業相談員、荒川区が設立したファッション特化型インキュベーション施設「イデタチ東京」のインキュベーションマネージャーを設立時から歴任。ジャンルを問わず創業支援全般に関わる。その他、東京都「海外アニメーション見本市MIFA出展等支援事業」アドバイザー(2016~)。各種ビジネスコンテストやアクセラレーションプログラムのメンター等も務める。

市場、付加価値、PRの三位一体を欠いている

商品やサービスがクリエイティブ系の場合、「いいものなのに売れない。なぜ?」と壁につきあたってしまう起業家さんが相当数いらっしゃいます。
さて、ここでひとつ確かめなければならないことがあります。

「その商品(サービス)は、本当に“いいもの”なのでしょうか?」
また“いいもの”である場合も、
それは「誰にとって」の“いいもの”なのでしょうか?

クリエイターや発信する側にとっていいものだとしても、顧客にとって“いいもの”でなければ、実際には購入してもらえません。
その商品(サービス)が顧客にとって“いいもの”なのか、あらかじめ確認あるいはテストはしているのでしょうか。お客様の声を実際に聞いてみたのでしょうか。

一般的にどのジャンルの事業であっても、商品やサービスが売れて利益を出すにいたるためには、最低限下記3つの要素がそろっている必要があります。
1⃣PMF(プロダクトマーケットフィット)※1 に達していること
2️⃣付加価値の高いクオリティ(他との差別化ないしは優位性)
3️⃣的確な宣伝・広報

※1 PMF(プロダクトマーケットフィット)=カスタマー(顧客)の課題を満足させる製品を提供し、それが適切な市場に受け入れられている状態

クリエイター系起業家の場合、2️⃣「付加価値の高いクオリティ」を目指して商品やサービスを磨きますが、得てして1️⃣PMFと3️⃣的確な宣伝・広報の戦略建てや実践なきまま、商品やサービスをローンチ(商品やサービスを販売)する傾向が散見されます。
また、2️⃣「付加価値の高いクオリティ」も、本人の思い込みが強く、市場や顧客の声を聞いていないパターンがありがちです。

抜け落ちた顧客視点 売り切る解像度の低さ

顧客に提供する商品やサービスについて、「マーケットイン」※2または「プロダクトアウト」※3 のどちらが正しいのか?という議論がありますが、クリエイティブ事業の場合は、必ずしもマーケットインのみをすべき、という話ではないと考えます。あなたの自信作を顧客にぶつけて反応を聞きましょう、という意味でプロダクトアウトであることにはかわりません。
※2 マーケットイン=市場やユーザーのニーズ・意見を参考に商品を開発すること
※3 プロダクトアウト=企業がもつ技術や製品化したいアイデアなどをもとに、企業側の視点で商品を開発すること

大事なのは、お金を払ってくれる顧客にとって「いいもの」を提供することが売上と利益につながる、という基本を忘れないことと思います。

素晴らしいと思ってつくった商品やサービスは、自分(自社)のお客様が求めているもの(市場)と合致しているはずだと、クリエイティブ系事業者であれば誰しも考えています。その仮説が正しいかどうかを確かめ(マーケティング)、「本当に売れるのだろうか?」という不安を払拭してからローンチ(商品やサービスを販売)することで、事業の成功確率がグンと上がります。この仮説検証の過程とゴールがPMFです。

また、顧客が購入にいたるプロセスを指す「カスタマージャーニー」※4というマーケティングの考え方も有効です。顧客には顧客の行動心理が存在しますので、自分(自社)の大切なお客様が認知から購入まできちんと旅をして、「購入」というゴールまでたどりついてくれることを、ただ待つのではなく、自ら導く必要があります。これが宣伝・広報の役割の一つです。
※4 カスタマージャーニー=顧客が商品・サービスを認知してから購入に至るまでの一連のプロセスを旅に見立てた概念

現代はSNS社会ですから「AISAS」理論 ※5 も参考にするといいと思います。

※5 「AISAS」理論は、2005年に電通が提唱したネット時代の消費者行動モデル。それまで消費者購買行動の流れを体系化していたAIDMA(アイドマ)フレームワーク「Attention(認知)⇒Interest(興味)⇒Desire(欲求)⇒Memory(記憶)⇒Action(行動)」に、インターネット時代特有の「Search(検索)」「Share(共有)」という行動を勘案したフレームワークを指します。    

支援は時間がかかる。リスペクトした上で早めに伝える

商品やサービスをつくったあとでも遅くはありません。もしもクリエイター系の起業家が「つくったのに売れない」と悩んでいたら、支援者は1️⃣PMFと3️⃣的確な宣伝・広報の大切さを伝え、具体的な方法も伝えて実践を促しましょう。

その際に留意することとして、話す時はクリエイティブ系起業家を責めるような伝え方は厳禁です。彼らは命を削ってクリエイトしています。まずはその挑戦をリスペクトした上で悩みを共有、共感しましょう。そして彼らがまだ気がついていないポイントを示唆し、できれば伴走しながら実行を見届けましょう。

支援は本人がその重要性を認識したタイミングがベストですが、これには時間を要する場合もあります。たいていは相当追い込まれてやっと認識するケースが多いので、支援者としては早め早めにお伝えしておきたいところです。

本当に困って、やっとその重要性に気がついた時に、起業家は支援者が伝えていたことの意味を真に理解し、行動に移そうとしてくれます。親や大人の言っていたことの有り難みが後になって実感されるのと同じです。耳が痛いことを先んじて言ってくれるのが本当に愛情ある支援者です。アドバイスが適切なら、起業家はいつかその愛情に感謝してくれる日が来るはず(残念ながらその時には感謝を伝えてもらえる距離ではないことがほとんどですが)ですので、臆せず支援者としての務めを果たしましょう。

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