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職業としての起業支援家

起業支援に起業経験は必要か? 起業支援サイドに大切なアティチュード

起業支援に起業経験は必要か? 起業支援に携わる者なら一度は頭をかすめる問いだ。起業をしたことがない自分が、プレーヤーである起業家を前に、いったい何をサポートできるのか? 世間からもそう思われているかもしれない。 起業支援専門社は歴が浅いため、前職も起業支援という経験者は少なく、バックグラウンドが多種多様になりがち。そんな時、起業支援サイドに立つと、迷いにも似たこの問いが、起業家との距離を縮めるほどに浮上する。そんな時、どう考えるか? 1980年代から起業支援業の一端を担ってきた元ツクリエ社取締役・佐々木博が答える。

佐々木 博

株式会社ツクリエ 取締役(2023年定年退職)|日本戦略投資株式会社 取締役|ティーエスアイ株式会社 常勤顧問

大学卒業後、日商岩井株式会社(現 双日)入社。13年間の米国駐在時に国際金融機関との折衝を経てストラクチャードファイナンス、投融資の経験を積む。その後、日本アジア投資株式会社に転職。日本政策投資銀行(DBJ)と日本初のベトナム専門の投資ファンドの企画・設立・運営・解散までを一貫して行うと同時に、国内でも多くの投資・運営に携わる。2008年先端科学技術の事業化支援を行うテクノロジーシードインキュベーション株式会社(現ティーエスアイ株式会社)、および日本戦略投資株式会社の取締役就任。文科省の大学発新産業創出支援プロジェクトの事業プロモーターに5年間従事し、5社の大学発ベンチャーを立上げた。現在、株式会社ツクリエ取締役(2023年定年退職)、日本戦略投資株式会社取締役、ティーエスアイ株式会社顧問、その他投資先の社外取締役をいくつか勤める。

経験から応用力を身につける

「起業支援に起業・経営経験は必要か?」という問いについて、私が今まで見てきた事象や経験からお伝えしたいと思います。
起業と一言で言っても、業種はさまざまです。現在、「Startup Hub Tokyo 丸の内」(運営:東京都中小企業振興公社)でも起業の相談員をしており、多くの起業したい方、起業初期の方の課題に向き合っています。中でも、女性に多い飲食店、ブティック、ネイルサロン等小売店の開業案件、年配の男性に多い、経験を活かしたコンサルティング、その他電力、通信、半導体関連の事業等、多岐にわたる業種の起業相談を受けています。

大手総合商社に勤務していた1980年代は、機械単品の売買、電力、道路、航空機等のBOT(Build-Operate-Transfer)方式(インフラ整備に民間資本を活用する経済開発手法、プロジェクトファイナンスの一形態)でのインフラプラント事業を数多く経験しました。米国に10年以上駐在し、南米やアジア各国への出張もたびたびありました。
これらの経験を通じて得たことの一つは、新しい事象や場所・物事に動じなくなること、未経験の事柄も、今までの知見からある程度の応用が利き、自信を持って話せることです。

臆することなく興味を持って話を聞き、吸収する態度こそ重要

起業支援側の私たちは、日ごろからいろいろな人と話をします。話をすると、相手の経験値が次第にわかってきます。年齢も多少は関係しますが、それよりも大きな点は、起業支援サイドで仕事をする場合、いろいろなことを、人と臆することなく話し、好奇心を持って、違う世界を吸収しようとしているかのベクトルや態度が非常に重要です。
40歳以上の方でも一つの会社で同じ仕事しか経験していないと、自分の経験した範囲でしか話すことができず、違う分野は自信のない「想像」の世界にならざるを得ません。似通った業界で数年おきに仕事の内容を変えると、このような経験値はより上がります。

失敗も、起業支援には役立つ

ベンチャーの立上げ経験では、10年以上前に某大学の教授が開発した半導体の製造方法を特許化し、市場に出したいとの話に遭遇し、半導体業界は全くと言っていいほど素人でしたが社長をやることになりました。特許があるとはいえ、半導体の完全な未知のシーズ分野の段階でどうお金を集めるかが鍵。事業会社は未知の分野に黙ってお金を出すようなことはしません。そこで、技術系のベンチャーキャピタルに焦点を絞り、工場の建設資金と1年分の製造開発コストとして4億円の資金調達に成功しました。当時はかなり珍しく、新聞でも報道されました。その後、工場建設はうまく行ったものの、半導体製造が軌道に乗らず、2年で資金が底をつき、資金調達を試みるも閉じることになりました。
もう一つ、某外国の特許を利用した通信関係のベンチャーを立ち上げた経験があります。この時も通信業界は初めてで、あちこち壁にぶち当たりながら会社設立後1年で事業性なしと結論を出し、株主の賛同を得て資本金の一部を返還し閉鎖しました。
立ち上げたベンチャーは、結局失敗に終わりました。とはいえ、最後の最後まで従業員を路頭に迷わすことは極力避け、株主以外のいわゆるステークホールダーに迷惑が掛からないような閉鎖を心掛けました。ここでの失敗経験が、現在の起業支援業に役立っている側面があります。

起業支援家は、聞いて・考え・言語化する訓練を重ねよ

起業と言っても、スモールビジネスから、将来大掛かりな製造業になる事業など、多岐にわたる多くの業種があります。起業支援をする立場で、これらをすべて経験するのは不可能。言えることは、ある程度の経験を積めば、ほかの業種にも応用が利くということです。
これは起業経験にとどまらず、起業の伴走支援にも当てはまります。私が起業前からベンチャーキャピタリストとして、投資判断を何百社も行ってこられたのは、私個人の起業前の経験と、複数の事業を内外から眺める機会があったからと理解しています。

ベンチャーキャピタルの投資判断は、後にも先にも投資候補先の社長さんの力量の見極めにつきますが、これは社長を経験していないとできないわけではなく、いろいろな事業をいろいろな角度からたくさん見てきた経験を、人物評価にどう生かすかにかかってきます。

起業支援に携わる方は、自分が起業経験がないのに仕事ができるのか? 起業家を前に自分は役者不足では?と考える前に、まずは支援される方の話をしっかりと聞き、相手の要望をどうしたら満たせるかを考え、自分の意見として言葉に出す訓練の積み重ねをとにかくしてみてください。積み重ねれば、自身の考え方、相手の見方が幅広くなり、応用力が培われます。起業支援に、起業の経験はあったほうがいいですが、なくても十分可能です。

ベンチャーキャピタルは、自分が投資をするかしないかの判断を求められるだけになりますが、起業支援の立場では、「起業家に寄り添う姿勢」が求められます。仮に起業家の進む方向が間違っていると思っても、こういう見方もあるのではないですかと、自分の意見をやんわりと話し、相手と意思疎通をする姿勢が必要です。特に自分が未経験の分野であれば、率直にわからないと言い、詳しい人に聞く、あるいは詳しい人を紹介するのも手です。

ツクリエは全国10拠点以上のインキュベーション施設で起業支援を行い、各々業種、地域性にあふれています。単に場所を提供するだけでなく、事業活動の起業支援は経験ある人材にしかできないものという自覚と同時に、いろいろな人と触れ合うことにより、経験値を高めていくことができるユニークな職種です。

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