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職業としての起業支援家

「日本独自」「新陳代謝」「失敗」スタートアップ育成5か年計画から考える3つの提言

政府が2022年11月に発表した「スタートアップ育成5か年計画」に、各メディアや論者からさまざまな意見が飛び交う。起業支援に20年携わり、起業支援の会社を起業し代表を務めるツクリエ代表の鈴木英樹は何に着目したか? 同計画は「素晴らしいが複雑な気持ち」と語る鈴木が、3つの観点で紹介する。

鈴木 英樹

株式会社ツクリエ 代表取締役

商社、コンサル会社を経て、2002年大阪市の起業支援施設に勤務、以後インキュベーション業務に係る。
2006年テクノロジーシードインキュベーション(株)(TSI)入社、2009年TSI取締役、 2015年(株)ツクリエ設立、代表取締役就任(現任)。
ファンド運営、投資育成、起業施設運営を多数手がけるとともに、自らもベンチャー立ち上げと経営を複数経験。

スタートアップ育成に2002年から取り組んでいるものとして、政府が「スタートアップ育成5か年計画(本計画)」を定め、大々的に発表したことはとても素晴らしい。何より、スタートアップが世間のメインストリームで語られること自体が素晴らしい。
一方で肩を落とす自分もいる。

本計画が取りまとめられたということは、自分を含め、これまでの起業支援の取り組みが成果を上げていなかった証拠だ。20年間も自分は何をやってきたのか。できていないことばかりである。
本計画を読んでまず思うのが、こうした複雑な気持ちだった。本計画は各部署、各分野、各地への配慮がしっかりされている印象だ。網羅的に課題と対策が記されており、KPIとロードマップも明示されている。
一方でいくつか気になった点もある。

日本の独自戦略
ポップカルチャーコンテンツにこそ戦略を

スタートアップといえば、シリコンバレーやGAFAといったイメージに引っ張られすぎている感がある。米国大学や海外投資家とか、海外勢の活用を示す文章が目につき、特に日本のインキュベーター、アクセラレーターの存在感が薄い。まるで「世界に通用する日本映画は、日本ではつくれない。海外の監督を起用してハリウッドで日本映画をつくりましょう」と言われているようだ。ハリウッド映画をまねてヒット作品の続編をつくっても、永遠に日本はハリウッドには敵わない。日本のインキュベーターの一員である自分はもっと頑張らないといけない。

「日本が世界で勝てるのは何か?という視点で、スタートアップをどう育成するか」
そんな戦略がもっとあっていいのではないか。

世界で勝負できる日本の可能性は、「ディープテック」と「クリエイティブ」にあると思っている。本計画は「ディープテック」に関する記述は多いが、「クリエイティブ」に関する記述が少ない。これは少し残念に感じた。日本のアニメ、マンガ、ゲームなどポップカルチャーコンテンツはもっと世界で勝負できるはずだし、ここにこそ政府の戦略の介入が必要だ。

市場戦略と新陳代謝

市場がなければスタートアップは生まれないし成長しない。どんな市場を狙うのか、どんな市場を創造し成長させるのかが大事だ。市場創造と成長には個々の企業によるミクロ的な取り組みではなく、日本全体、政府によるマクロ的な取り組みが必要で、そうした戦略も欲しい。

次に、企業の新陳代謝。開業率と廃業率は正比例する。本計画にも記述があるが、開業率が高い国は廃業率も高い。付加価値創造力が弱まった企業には廃業も促していくことも必要だ。しかし、これは非常に難しい。苦しくない廃業、倒産はなかなかない。「新陳代謝」という綺麗な言葉でコーティングしても、廃業・倒産が増えれば、それだけ苦しむ人も増える。目の前に苦しむ人がいれば、「廃業してください」とは簡単に言えないものである。だから、M&Aによる事業承継や人材の流動化が必要なのだろう。リスキリング(「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること<経産省資料>)も話題だが、会社に依存せず、個人が自力で生きていける新しいスキルの習得が求められている。

失敗と付き合える社会

本計画は、PDCAサイクルでいえばPlanだ。その後のDo、Check、Actionはどのように行うのだろうか。
思えばこうしたスタートアップ育成計画は、名称や規模の大小は変われど、これまで何度となく策定されていたように思う。その検証はどうなったのだろう。達成できたのだろうか。計画策定がゴールになっていないか。計画策定はニュースになるが、実行や検証に関する情報はあまりニュースにならない。ただ、実行や検証に関しては批判的にあら捜しをするのでなく、社会もマスコミも少し長い目、温かい目で見守ってほしい。そもそも、スタートアップはほとんどが失敗するのである。特にディープテック分野のスタートアップの成長には、多額の資金と長い年月がかかる。それだけ失敗したときのダメージは大きい。失敗を非難するだけでなく、前向きな失敗には「ナイスチャレンジ」と讃えてあげてほしい。

本計画ではスタートアップへの資金供給増加や官製ファンド出資機能強化が盛り込まれている。大歓迎だ。これに反対する人は少ないだろう。しかし、ファンドが損失を出すと一斉に非難したりする。そりゃあ、ファンドなんだし損失が出ることもありますよ。損失を肯定するものではないが、リスクをとるということは、失敗や損失を覚悟する、それらとうまく付き合うことだ。「三振するな」と言われればバットを短く持つのが人の心というもの。「三振するな。でもホームランをねらえ」ではユニコーン企業は育たない。「三振してもいいから、思いっきりバットを振ってこい」と言える世の中にしたい。

政府のお金の使い方として、補助金よりもファンド出資のようなエクイティ資金の提供の比率をもっと増やすべきと思う。補助金はお金を使うことが目的化してしまいがち。しっかりお金を使って予算消化しないと非難されたりもする。費用対効果も間接的でわかりづらい。余談だが、この「予算消化」という言葉は本当に恐ろしい。お金の無駄遣いを正当化されているようだ。
一方、ファンドは費用対効果が明らか。いくら投資していくらリターンがあったか、どんなスタートアップがEXITしたか、アクションの結果が検証しやすい土俵で勝負したほうがいい。補助金は一方通行のお金だが、エクイティ資金はお金を使って、スタートアップ育成に寄与し、さらにそのお金が何倍にもなって返ってくる可能性が期待できる。
また、スタートアップ育成の財源を税金ばかりに頼るのでなく、民間資金をもっと活用したい。エンジェル税制オープンイノベーション促進税制などはあるが、こうした投資に対する税制メリットだけでなく、寄付に対する税制メリットのいっそうの整備を期待する。民間企業が、スタートアップ育成に寄与する事業や団体に寄付したら税制メリットを受けられる仕組みが整備され、日本にも寄付文化がもっと広まってほしい。

価値基準は、社会と共感

課題先進国である日本。これからの社会は「いかに儲かるか」「いかに便利か」でなく、「いかに社会に役立つか」「いかに共感できるか」が価値の基準になってくるだろう。歴史をみても、我が国は追い込まれてから力を発揮する。いい計画はできた。勝負はこれからだ。

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