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地方✕起業
公開日:2022.08.12
国のスタートアップ投資が加速する中、市町村レベルでの創業支援やベンチャー誘致も活発になっている。
東日本大震災7年後の2018年、福島県南相馬市沿岸部に日本最大級の実証実験施設「福島ロボットテストフィールド(RTF)」が誕生。広大なテストフィールドを擁する南相馬市は、新たに「ロボットのまち」となる。
時期を同じくして、ロボット関連事業者支援のための入居型施設「南相馬市産業創造センター」が開設。今後の産業を担うロボット・ドローン事業者が南相馬に集まり、地元製造業との協業を通して力強い発展が期待された。
まちの復興という大きな課題を抱える中、起業・産業支援をどう行ったか? スタートアップ支援の3年を追う。
ツクリエは2019年より、南相馬市産業創造センターの指定管理者として施設運営に参画。市内事業者支援をする地元組織等とのコンソーシアムを組む形で、新たなチャレンジが始まった。
センターには市の呼びかけの成果もあり、楽天や東大宇宙工学の研究室、ドローン研究の第一人者である千葉大学の野波健蔵名誉教授が創設した「自立制御システム研究所(ASCL)」など、錚々たる顔ぶれが入居し始めていた。「テララボ」「メルティンMMI」などの、試験段階のスタートアップも名前を連ね、研究開発を重ねる。とはいえ、開設当初は業界の中でさえ認知がほぼされていなかった。
南相馬に入って最も心惹かれたのは、そこで出会う人々だ。復興をかけて奔走する南相馬市の担当者、現地支援機関のスタッフたち、広大なテストフィールドと優遇施策に惹かれて全国から進出してきたベンチャー企業。これまで多くの起業家に触れてきたが、フロンティア精神に溢れ、貪欲で人間味のある経営者たちが、南相馬の顔をつくっていた。彼らの多くはまだ世にない未知の物体を造り、実験を繰り返していた。
南相馬市には、実証実験にかかる往復交通費などの細やかな助成制度だけでなく、利用者側のニーズを丁寧に汲み取った多様な支援策が用意されていた。
初年度は、この地に確実に形成されつつあるスタートアップエコシステムの魅力を最大限に伝え、多くの業界人に知ってもらうことを第一のミッションとした。
活動の一定の成果として、多くのスタートアップがセンターに関心を寄せてくださり、現在は、堀江貴文氏が取締役を務めるロケット開発のインターステラテクノロジズ社も入居するなど、満室近い状況が続いている。
高稼働率を維持できるようになった2 年目からは、入居企業の採用支援に着手。スタートアップの採用枠は、非常に限られる。エンジニアや経営メンバーを募集するオンラインイベントを開催し、県外・首都圏からのIターン人材を獲得。採用支援のニーズはスタートアップのみならず、地元中小企業にも派生している。
ビジネスマッチングは、常にニーズが高い。特にモノづくり系のベンチャーにとって営業リソースは不足しがちで、経営者が営業を一手に引き受けて全国を飛び回る姿もよく見られる。ツクリエはその中で手となり足となり、欠けた部分を補えるように動く。製品や技術のウリを整理しなおし、プレゼンや営業の指導をすることもある。
もう一つが、財務面でのアドバイス。たとえば代表者が自己資金でまわす受託メインの製造業では、新製品の開発をしたくても投資資金がない。受託メインから、自社製品販売のスタイルをどう組み込んでいくかは、多くの企業が課題となる。
経営者の今後の経営方針やビジョンを伺いながら、銀行融資だけでなくファンドやエンジェル投資家、CVCやクラウドファンディングなどでの資金調達を視野に入れたファイナンシングについても相談に乗り、選択肢を増やす手伝いをする。
南相馬では、コンソーシアムの一員である㈱ゆめサポート南相馬が常駐し、起業家や従業員の生活のお世話まで丁寧に行っている。大都市から離れた場所で生産活動を行うスタートアップ経営者や従業員は、参入当初は地域とのつながりがなく、時に孤独で不安も多い。そんな中では入居者同士や地域とのつながりが非常に重要な役割を果たす。地元の由緒ある夏祭りに出てみたり、ボーリング大会を企画したり、おいしい店を紹介しあったり。
豊かな日常をつくる支援をしながら、書類からは見えてこない現場の表情やニュアンスをつかむことも非常に重要だ。
南相馬市と連携協定を結んだVCが一堂に会する交流イベントでは、ベンチャーのピッチに加え、南相馬市で出会って資金調達に至ったVCとベンチャーのトークショーを行った。
私たちの仕事は、すでに起きている「ステキなこと」を発信して、より大きなエコシステムを創造、喚起させることだ。現在、南相馬市は約30 社のVC/CVC/金融機関と連携協定を締結し、市内進出ベンチャーの資金支援策を強化。その結果、地元銀行がベンチャーという未知の存在に理解を示し始めているのが非常に興味深い。
創業間もない企業への支援だけでなく、市内事業者の経営支援も行う。
人口減少や産業構造の急速な変化で、製造業や地域内の商業・サービス業が陰りをみせ活路を模索する、日本の多くの地方。その現状に入り込み、ゴール設定をし、共に活路を見出していく。
地元産業の支援は、まちづくりのプロセスそのものだ。
地域に脈々と受け継がれてきた産業、そこで働く従業員。それを担う中小企業の経営者たち。その重みは、ベンチャーとは違ったもの。「起業支援」の枠組みを超えて地域にかかわることができるのは、この仕事の醍醐味だ。
スタートアップは、成長も衰退もスピードが速く、変化が早い。一般的に企業が経験するチャレンジを、その何倍ものスピードで経験する。短期に多くの失敗や損失を経験することも意味する。
地方創生には「ワカモノ、ヨソモノ、バカモノ」が必要とはよく言われるが、地方に進出するベンチャーは、この3要素をすべて満たしたスーパースターだ。
ネジがひとつ飛んでいないとできないような行動や発想で、まだ見ぬ世界を生み出し、市場を創り出すことを信じて、日々、飛び回る。地域の文脈をある意味無視して、自分たちの理想や現実を押し付けてくる。衝突や、お互いの無理解による軋轢も当然生まれる。しかしその衝突により、地域の中に議論が沸き上がり、これまでにない新たなビジョンが浮かび、地域の持つ包含力によって、「新しさ」だけがウリだった新産業や事業アイデアに重みと現実味が付加される。
そういった場を一つでも生み出せるよう、事業者間をつないでいきたい。
南相馬には、地元に根付き、創業を支援する人物がいる。
「小高ワーカーズベース」を率いる、和田智行さん。
原発20 km圏内の立ち入り禁止地区となった南相馬市小高地区で、「人口がゼロになった街から、100のしごとをうみだす」を掲げる、地方創生のオピニオンリーダーの一人だ。
過疎化や高齢化といった地方共通の課題に加え、被災により急激な人口流出が起こった地域でビジネスを興すのは、容易ではない。しかし和田さんは「だからこそできることがある」と言う。現在、小高地区には、世界を視野に入れて新しい日本酒文化をつくる酒造家など、20~30代のユニークな起業家たちが移住。彼らに移住の経緯を聞くと「和田さんがいたから」と返ってくる。
起業・創業、すべての事業や活動において、「人」は最も重要なファクターであると私は思う。
南相馬は、復興政策の中でまちの方向性をある意味外側から定義づけられた、特殊な地域といえる。ただ、いま目に映るのは、他のどの地域とも変わらない、地域の未来を真摯に模索する姿だ。
創業支援やベンチャー支援は、数多くの「シゴト」の一つにすぎないが、人はどんな「シゴト」に携わっていても、結局、同じ山頂に向かって山を登っているのではないか? ツクリエに入り、多くの起業家、事業者、行政の方々と触れ合う中で、いま私が一番、感じていることだ。