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【スタートアップ政策】最も必要なのは司令塔組織ではなく、多分野における地道な人材育成 <前編>スタートアップを国主導で育成できるか?

政府は、成長戦略の一つとして、スタートアップ支援の司令塔となる「スタートアップ担当大臣」を新設しました。 スタートアップ政策は、司令塔組織の強化で打破できるのか? 国主導で司令塔型スタートアップの躍進を計るやり方は、野心を燃料に邁進するスタートアップの性質と見合うのか? これらの問いに対し、「最も必要なのは司令塔組織ではなく、多分野における地道な人材育成」という提言のもと、前編「スタートアップを国主導で育成できるか?」では、司令塔組織でスタートアップの醸成が機能するのか?について、内閣府在籍経験のある筆者の視点で論考します。

今 洋佑

株式会社ツクリエ 顧問|合同会社夢と誇りのある社会づくり研究所 代表

2007年内閣府入府。文科省出向時に産学官連携・大学発ベンチャー政策を担当。 福井県大野市副市長、ソフトバンクグループ(株)等を経て、2020年「夢研」を設立し独立。 (一社)Carrying Water Project代表理事、CWP GLOBAL株式会社代表取締役、福井県政策企画コーディネーター、金沢大学客員准教授など、産学官の垣根を超えた活動を展開。

日本のスタートアップ政策の実効性、あるべき姿とは?

先の内閣改造において、スタートアップ担当大臣が正式に設置されました。重要政策の推進に当たって、政府全体の司令塔として担当大臣を設置するのはよくある手法の一つであり、スタートアップ政策にかける政府の意気込みが示されているという評価もできます。さらには関係省庁の部署をまとめて予算と組織を一元化した「スタートアップ庁」を設置するべきという意見も有識者等から出てきています。

他方で、このような司令塔を設ける手法が本当に実効性を持つのか、(これまでの少なくない政策課題でそうであったように)単なる政治パフォーマンスに終わるのではないか、行政コストをかけるべき政策・方策は他にあるのではないかという懸念もあります。

我が国のスタートアップ政策についてしっかりと評価し、あるべき姿を議論していくことが重要です。

スタートアップ企業の価値の高まり

近年、スタートアップ政策については、このような組織の在り方についての議論を含め、官民において特に重要視されていることが見て取れます。

例えば、内閣府に置かれている経済財政諮問会議において、政府が政権の重要課題や翌年度予算編成の方向性を示すために毎年作成する「経済財政運営と改革の基本方針2022」、いわゆる「骨太の方針」においても、最新の「骨太の方針2022」においては、「スタートアップ(新規創業)への投資」(以下引用)という項目が個別に立てられるなど、スタートアップに関わる記述は年々増加しています。

(3)スタートアップ(新規創業)への投資
スタートアップは、経済成長の原動力であるイノベーションを生み出すとともに、環境問題や子育て問題などの社会課題の解決にも貢献しうる、新しい資本主義の担い手である。
こうしたスタートアップが新たに生まれ、飛躍を遂げることができる環境を整備することにより、戦後の日本の創業期に次ぐ「第二創業期」の実現を目指す。このため、実行のための司令塔機能を明確化し、5年 10 倍増を視野にスタートアップ育成5か年計画を本年末に策定し、スタートアップ政策を大胆に展開する。 具体的には、スタートアップが直面する資金調達の困難さの解消を図るため、新規上場の際に十分な資金調達を行うことを可能にすべくIPO10プロセスの見直しを進めるとともに、事業化までに時間を要するスタートアップの成長を図るためのストックオプション等の環境整備を行う。また、海外のベンチャーキャピタルの誘致も含めて、国内外のベンチャーキャピタルに対する公的資本の有限責任投資等による投資拡大を図るとともに、エンジェル投資家等の個人や年金・保険等の長期運用資金がベンチャーキャピタルやスタートアップに循環する流れの形成に取り組む。加えて、個人保証や不動産担保に依存しない形の融資への見直しや事業全体を担保とした成長資金の調達を可能とする仕組みづくり等を通じて、成長資金の調達環境を整備する。 あわせて、起業を支える人材の育成や確保を行う。具体的には、成長分野において前人未踏の優れたアイデア・技術を持つ人材に対する支援策を抜本的に拡充するとともに、家庭や学校とは別に子供の才能を発掘・育成する場の整備を支援する。情報開示等を通じた副業・兼業の促進等により円滑な労働移動を図るほか、大学等の研究者と外部経営人材とのマッチングを支援する。また、スタートアップの経営を支援する専門家等の相談窓口整備を推進する。 スタートアップの研究開発や販路開拓を支援するため、既存企業がM&Aや共同研究開発等によりスタートアップの有する知見を取り入れるオープンイノベーションの活性化を図るとともに、SBIR制度11の強化を始めとし、公共調達の活用を推進する。ベンチャーキャピタルとも連携した支援の拡充や創薬ベンチャーへの支援の強化を行うほか、革新技術の研究開発とスタートアップ創出を行う拠点づくりを海外の大学等とも連携し、民間資金を基盤として運営される形で進める。 以上のほか、起業拠点の整備を含めて大学等も存分に活用しつつ、知的財産の保護・活用の推進、規制・制度改革等を通じて世界に伍するスタートアップエコシステムを作り上げ、大規模なスタートアップの創出に取り組む。

(内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」より引用)

また、経団連は本年3月に「スタートアップ躍進ビジョン」を策定・公表しました。この中では、スタートアップの振興を通じて5年後に起こすべき7つの変化を列挙し、日本を世界有数のスタートアップ集積地とするための政策を提言しています。


(日本経済団体連合会「スタートアップ躍進ビジョン~10X10Xを目指して~」より引用)

このような動きは、経済の成長や社会における閉塞感の打破に向けたプレイヤーとして、スタートアップ企業の価値が高まっていることを示しています。
そして、この経団連のビジョンの中においても、「スタートアップ振興政策の司令塔(スタートアップ庁等)の創設」が必要である旨が提言されています。

スタートアップ政策は、司令塔組織の強化で打破できるのか?

他方で、スタートアップ界隈で実務をされた経験が少しでもある方はお感じになっているかとは思いますが、実際にスタートアップ政策において課題と言われているものは、「日本にはリスクをとることを評価する文化や、実際にリスクをとる人材が不足している」「大学で生まれる知財と経営人材との融合が必要だが、大学の意識改革が不十分」「スタートアップ企業には信用がなく、金融や不動産の取引が円滑にいかない」など、ここ何十年も言われ続けてきたものばかりです。
このような社会・文化に至るまで深く根差してる課題については、多少政策の目先を変えたとしてもそう簡単には改善するものではありません。諦めることなく、地道に一つ一つ必要な対策を打ち、実績を積み上げていくことが求められます。

司令塔機能か多角分散型か

私は、このようなスタートアップをめぐる課題の性質に鑑みた際に、担当組織の設置といった司令塔機能の強化が有効であるとは、正直言ってあまり感じることはできません。それは、内閣府においてたくさんの「司令塔」と言われる組織の立ち上げや運営を見て、時には自らもその一員として動いてきた経験を踏まえ、感じることでもあります。

具体的にお話をしますと、政策を進める際には、司令塔機能を強化することが有効である場合と、多角分散型と言いましょうか、多様な主体による関連政策の並行的な実施が有効である場合の、2つがあると考えています。

まず、司令塔機能の強化は、特に方針をはっきり出したいときや、迅速な意思決定が求められる場合に必要不可欠であり、政治の決断により迅速に行われることが期待されるものです。

一番近い例でいえば、新型コロナウイルス対策などの危機管理、防災対応などはまさにその典型例ですし、政策的には、国家安全保障局やTPP対策本部など国として対応を一元化して当たるべき通商政策や安全保障政策等の政策、また復興庁のような資源を特定の地域や課題に集中投資するべき課題、環境省や消費者庁のような新しい政策課題(例えば、「消費者安全」のような概念は当時十分確立されておらず、政府内にも適切な受け皿組織がなかった)への対応は、司令塔組織を置くことがとても重要になってきます。

他方で、多様な主体による厚みのある(時には重複することもいとわない)行政手法が適していると感じるものは、たとえば女性活躍や働き方改革、DX化、国土強靭化など、多種多様な側面を持ち、分野や場面に応じた試行錯誤が必要であったり、人材の中長期的な育成や社会文化的な意識啓発が特に重要であったりする政策分野になります。

確かに、例えばDX化であればデジタル庁が設置されましたが、報道で見る限りでは十分に機能しているとは言い難いものがあります。これは組織の在り方や中にいる職員の問題というよりは、そもそも一元化にそぐわない政策課題を無理にまとめて、急速に政策を進めようとしまったことによる難しさという側面があると考えています。

他方で、司令塔組織が無いと各省庁が動かないのではないか、と心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、実際のところ組織が無くても、政府のトップである総理や有力者によるリーダーシップが示されれば、各省庁は必死に知恵を絞って政策を厚くしていくことになります。前述した「骨太の方針」の活用による新規予算事業の企画・実施もその一つです。

また、新しい司令塔組織を作るためには、たくさんの職員(官僚)を各省庁から集めて、その組織作りという内部管理業務につぎ込まなければいけません。その分、各省庁の人材は実際のところ手薄になる部分もあり、政策の内容については遅れが出ることもあり得ます。そこまでの資源を投入しても(行政コストをかけても)結果的に大きな成果を得られるかどうかという見極めも、政治の行うべき重要な判断の一つです。

さらには、司令塔組織の設立というと聞こえがいいですが、実際には特定の省庁から多くのリソースが投入され、他省庁の縄張りを侵すための名目に使われたりと、霞が関内部の力学に行政コストが費やされ、かえって政策対象の偏在などの非効率を招くこともゼロではありません。

このように、政策の性質に応じて、組織の在り方やそのマネジメント手法、リーダーシップの在り方について臨機応変に対応することが、政府には求められています。

→ <後編>国がやるべきスタートアップ政策は何か? へ続く。

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