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調査・研究活動
公開日:2024.11.11
「起業支援白書 2024」の調査結果から、起業は地域に有益なため起業活動を推進していきたいが、現状は起業支援策が不十分であるととらえた自治体が多いことが分かりました。その理由を調査結果から考察します。また、多くの自治体が起業数の把握をしていない現状についても理由を推察。起業支援白書では、大規模自治体と小・中規模自治体による地域間格差が大きいことが全体に見て取れ、それらを含めた課題を解決する効果的な起業支援策を考えます。
※「起業支援白書 2024」はこちら https://tsucrea.com/docs/kigyoshienhakusho_web_202408.pdf
近年、地域経済の活性化や雇用創出の観点から、自治体による創業支援の機運が高まっています。起業支援白書の調査では、97.3%の自治体が「起業活動は地域にとって有益」(図1)と判明。そのうち93.2%が「創業支援を積極的に推進すべき」(図2)と回答しています。一方、67.1%の自治体が「現在の起業支援策は不十分」(図3)と感じており、期待と現実の間にギャップが生じていることが浮き彫りになっています。
図1 起業支援白書 問2
図2 起業支援白書 問4
図3 起業支援白書 問8
3分の2の自治体で「起業支援策が不十分である」とする原因は何でしょう。
起業支援白書では、「知見・ノウハウを有する職員の不足」「業務多忙で職員の確保が困難」「予算の確保が困難」が理由の上位でしたが(図4)、それ以外の障壁として、意思決定する予算策定時と、成果が見え始めるまでの時差は考えられないでしょうか。
図4 起業支援白書 問8-1 「『不十分である』とお答えの方は、その理由を以下の選択肢からお選びください。」(複数回答)
雇用創出への期待
起業支援白書の調査結果では、多くの自治体が創業支援の主たる目的を「雇用の創出」「地域企業の経済効果の波及」「税収の増加」(図5)においています。
図5 起業支援白書 問2-1
その他の多くの調査でも、自治体が創業支援を行う理由として「雇用の創出」等が上位に挙げられることが多い傾向にあります。これには、地域内で新たな雇用機会を生み出して税収につなげ、住民の生活向上につなげたいという期待が考えられます。
自治体の時間軸とベンチャー企業成長期間の時間差
ベンチャー企業(≓スタートアップ)が、創業してから実際に雇用を生み出すまでには一定の時間を要します。一般的には、事業の立ち上げから安定期に入るまでには5年以上、上場までには15年以上かかるといわれています(もちろんもっと短い企業もあります)。一方で、自治体の担当者は通常3年程度で役割が変わることが多く、さらに多くの自治体の事業が単年事業として予算が確保されているため、数年にわたる長期目線の支援は簡単ではありません(もちろん頑張っている自治体もたくさんあります)。このような自治体支援の時間軸とベンチャー企業の成長期間のミスマッチは、効果的な支援を行う上で障壁となってしまうのは想像に易いのではないでしょうか。それが、「起業支援施策が不十分である」という回答につながる一因ではないかと思われます。
では、「起業支援施策は十分である、充足している」と回答している自治体は、どのような自治体でしょうか。
人口・予算規模に比例する大都市の好循環
「起業支援策が十分である」とは、回答した担当者が「成果が出始めている」と実感している状態でしょう。
では、成果が出始めている自治体には、どのような特徴があるのでしょうか。
起業支援の取り組みを予算額とその増減から見てみると、地域間格差の存在を確認することができます(図6・7・8)。人口50万人以上の大都市では、創業支援予算が5000万円を超える割合が増え、かつ予算の推移も増加傾向にあることがわかります。人口100万人以上の自治体の3分の2が、予算額2億円超です(図7)。例えば、東京都や都下の自治体、大阪府や愛知県などでは、スタートアップ向けのインキュベーション施設の整備や、大規模な創業支援イベントの開催など、充実した支援策が展開されています。これにより起業家やスタートアップが輩出され、税収が増加し、さらなる創業支援の拡充につながる好循環が生まれています。実際、東京都や福岡県、大阪府などの新設法人設立率は、全国平均を大きく上回っています(2023年「全国新設法人動向」調査より)。
図6 起業支援白書 問6
図7 起業支援白書 問6 クロス集計(人口別)「起業支援に係る予算額の概数」
図8 起業支援白書 問6-1 クロス集計(人口別)「起業支援に係る予算増の変動」
中~小規模自治体と大都市の支援策格差
一方、人口が50万人までの中規模~小規模な自治体では創業支援の予算額が「0〜1000万円未満」が71.5%と最多(図6)であり、好循環を生み出すことが難しい状況です。限られた予算で効果的な支援策を展開することが求められていますが、支援の質・量の両面で大都市との格差が広がっています。
起業支援白書からは、創業支援を効果的に行う上でもう一つの課題として、多くの自治体が地域内の起業数を正確に把握できていない点も見えてきます。調査では、30.2%の自治体が自地域で起業が盛んに行われていると認識している一方、42.7%の自治体が「どちらともいえない」と回答しています(図9)。
図9 起業支援白書 問1
この「どちらともいえない」には、「実態を把握していない」という回答が一定程度含まれています(図10)。
図10 起業支援白書 問3
データ収集の課題
背景には、起業に関する統計データの収集が難しい現実があります。個人事業主の開業や、小規模な法人設立などは、自治体が即時に把握することが困難な場合が多いことに加え、データを把握するためには職員が能動的に動いて実態把握をしていかなければならない実情もあります。一方で、担当者の人数は限られており、多くの自治体が少人数で多数の事業を担当している状況です(図11)。それゆえ、起業後の事業継続状況や雇用創出の実態を追跡調査することまで手が回らないのではないでしょうか。
図11 起業支援白書 問7
最後に、これらの課題を克服し、期待される効果に向けて創業支援を実現していくために必要なことをまとめてみました。
1. 長期的視点に立った支援策の策定
ベンチャー企業(≓スタートアップ)の成長サイクルに合わせた支援プログラムを設計することが求められます。例えば、創業後3年間は重点的に支援を行い、その後も5年、10年と段階的にフォローアップを行うような長期的な支援体制の構築が効果的です。例えば、一つの支援が終わった後に次の支援を受けられるような、企業の成長フェイズ(創業前・創業後など)ごとに分けた施策を複数準備するなどが有効ではないかと思われます。
2.起業家とのコミュニケーション強化
地域の創業実態を正確に把握し、支援策の効果を適切に測定することが重要です。無理なく成長を見守っていく仕組みとして、定期的な起業家との対話の場を設けたり、オンラインツールを活用した情報交換の仕組みを構築したりすることで、リアルタイムに地域の起業動向を把握することができます。
3. 広域連携による支援リソースの共有
比較的予算が限られている小・中規模の自治体では、近隣自治体との連携により、より充実した支援体制を構築できる可能性があります。例えば、市区町村であれば、都道府県の施策と連携して切れ目のない支援を構築するなども一つの選択肢になるのではないでしょうか。
起業支援は地域経済の活性化に不可欠ですが、現状では多くの課題に直面しています。これらの課題を一つずつ丁寧に解決していくことで、より効果的な支援の実現が可能となります。長期的視点と地域独自の特性を活かしながら起業家と密接に連携することで、地域発展に寄与する起業支援が実現できるのではと考えています。われわれ支援に携わる事業者も「各自治体ごとの本質的な課題は何か」ということを常に考え、できうる限りの役割をしっかりと担いたいと思います。