Theme
起業の潮流
公開日:2024.04.30
◆「チル(CHILL)」「クリエート(CREATE)」「シェア(SHARE)」の3ゾーン
2017年6月にオープンした世界最大のスタートアップキャンパス「STATION F(ステーション エフ)」は、フランス通信大手事業者「Iliad(イリアド)」創業者のグザビエ・ニール氏が、駅舎であった場所を購入し、私財2.5億万ユーロを投資して建設しました。34,000㎡という広大な面積を持ち、3つの建物を合わせた長細い建造物となっています。
まずは、STATION Fの施設を空間的価値からご紹介します。
以下STATION Fの簡易的な俯瞰図からも分かるように、3つのゾーンに分かれています。
出典:STATION F
◆地域に開かれた「Zone CHILL」
Zone CHILLには「La Felicità」というレストランが入居しています。2,322㎡の敷地面積に1,000席ある空間ではフードコートのようにさまざまな国の料理が楽しめ、ランチミーティングやリフレッシュ時に使えるレストランとなっています。こちらの施設は一般公開されているため、パリのおしゃれスポットの一つとして地域に溶け込んでいます。STATION Fをスタートアップ関係者だけの施設として閉ざすことなく、地域コミュニティとの接点をつくることでより広いネットワークを構築できるのが魅力の一つです。
Zone CHILLの広いスペースにはSTATION Fにちなんで、実際の列車車両もレストランとして活用されています
イートインコーナーもたくさん用意されています。同席になった人と気軽にネットワーキングができる雰囲気づくりが至る所にされています
おしゃれなバーも併設
実際の列車車両を改装して、軽食コーナーに
撮影:RouteX Inc.
◆スタートアップとのオープンイノベーションが生まれる「Zone CREATE」
Zone CREATEには、主にスタートアップやそれを支援する大企業等が入居しています。
MicrosoftやMetaなどの世界的なテック企業もスタートアップ支援のために入居しています。特に、フランスを代表するラグジュアリーブランドでルイ・ヴィトン等を傘下に持つLVMHグループも拠点を設け、スタートアップとのオープンイノベーション創出に向けて積極的に活動しており、常に注目を浴びています。
撮影:RouteX Inc.
実は、Meta(旧名Facebook)が世界で初めてスタートアップ支援を目的としたStartup Garageを設立した場所がSTATION Fであり、早くから世界的に注目されていた施設であることが分かります。
ミーティングブースは、2階のフロアから突き出たかなり特徴的な造りです。ガラス張りのため開放感があり、誰がミーティングを行っているかも分かるデザインになっています。
◆共創が生まれる「Zone SHARE」
3Dプリンターなど本格的な工作機械が使える共有ラボのほか、行政の相談・手続き窓口や、350人以上を収容できるホールなどがあります。数多くのスタートアップ関係のイベントがZone SHAREで開催されています。
イベントでスタートアップがブース出展している様子
大規模なセミナー等を大型ホールで開催することも可能です
撮影:RouteX Inc.
◆起業家向けに住居を提供
出典:STATION F
Flatmatesは、STATION Fが提供するシェアハウスで、100のアパートメントから600の部屋を提供しています。
フランス国外の人や金銭的な課題を抱える人向けに提供されており、保証人や特定の労働契約は必要なく、1ヶ月分のデポジット(€499~)があればスーツケース1つで入居できます。パリは家賃が高いことで有名で、労働契約と保証人がいなければ家を見つけることは困難を極めるので、上述した起業家にとっては最初のチャレンジをサポートしてくれるサービスとなっています。
次に、STATION Fが提供するインハウスプログラムなどの独自の施策について解説していきます。
◆大規模なリソースを活かしたインハウスプログラムの提供
STATION Fに世界中からスタートアップが集まる理由はどこにあるのかを問われたとき、真っ先に挙げられるのが、インハウスのプログラムでしょう。
今回は、数あるプログラムから、STATION Fが設立初期から力を入れている「Founders Program 2.0」と「Fighters Program 2.0」をご紹介します。
◆Founders Program 2.0
出典:STATION F
STATION Fの数あるプログラムの中で、最も有名なものは「Founders Program」でしょう。2022年に刷新され「2.0」となりました。
このプログラムはアーリーステージのスタートアップ25社を対象にしたアクセラレーションプログラムで、アドバイザー2名が伴走しながら、3ヵ月間で「チームビルディング」「PMF(プロダクトマーケットフィット)」「資金調達の確保」の3つのテーマについて学習と実践を行います。その後、最長15ヵ月間にわたりSTATION Fに拠点を置くことができ、プログラム終了後も施設の支援を受けながら事業拡大を目指すことができます。
アドバイザーには、SwileやAlanなどフランスの中でも新進気鋭のスタートアップ30社から起業家が招聘されており、参加企業の資本政策(キャップテーブル)に名を連ねてもらうことも可能です。
同Founders Programは、日本のスタートアップ「WAKAZE」が採択され、日本でも話題となりました。
◆Fighters Program 2.0
出典:medium
Fighters Programは、「起業家になる意欲と野心があれば、これまでのバックボーンに関係なく誰でも起業家になれる」という思想のもと運営されているインキュベーションプログラムです。こちらは2023年に刷新され「2.0」となりました。
プログラムは、大きくRound1「構想事業の掘り下げ」とRound2「体制の構築」の2つに分かれています。同プログラムに参加する起業家はファイターズと呼ばれており、プログラムもファイターさながら、Round1、Round2と名付けられています。
Round1は、STATION Fが提供するオンラインプログラム「Launch」を使用し、1ヵ月間で構想中の事業を掘り下げます。事務局とのオフィスアワーやファイターズ・コミュニティによるサポートを受けながら、ビジネスモデルの定義、顧客獲得戦略の立案、MVPの構築などを検討していきます。
その後、Round2への進出を希望する参加者は、ピッチデックを提出し、STATION Fに在籍する他の起業家の前でピッチを行います。見事、合格した起業家はSTATION Fにデスクを置き、6ヵ月間にわたって事業のブラッシュアップを行います。STATION Fのリソースをフル活用し、最終的には後述する「Partner Program」に参加できるレベル、つまり一人前のスタートアップまで成長することを求められます。
STATION Fの特徴の一つに、世界中の大企業にアクセスしやすい点が挙げられます。上述したように、ニール氏がSTATION Fの構想を始めた理由には、スタートアップ・エコシステムのプレーヤーをすべて集積する場所をつくるということがありました。STATION Fは世界中の大企業、ビッグ・テックとパートナーシップを組み、主に2つのサービスを提供しています。
◆Partner Programs
出典:STATION F
Partner Programsは、世界中のパートナー企業、支援機関が独自に運営するプログラムです。各企業の専門性を活かしたテーマでプログラムが組まれており、サイバーセキュリティ、ゲーム、フィンテック、ラグジュアリーなど、幅広いテーマが存在します。
例えば、LVMHは75のメゾン(ブランド)とスタートアップのオープンイノベーションを図る「DARE」と「La Maison des Startups」という2つのグローバルプログラムを提供しています。
2023年には約30のプログラムが実施されていました。
◆Mentorship Offices
出典:STATION F
Mentorship Officesは、メンターシップのパートナーシップを組んだ企業がSTATION F内に設置するオフィスです。STATION Fに居住しているスタートアップは、そのオフィスに常駐するスタッフと交流が図れたり、その企業が提供するワークショップに参加できます。
現在、AppleやGoogleを含む9社がオフィスを構えています。
STATION Fが世界から注目される理由は、紛れもなく、一つのインキュベーション施設がフランスのスタートアップ・エコシステムの発展に寄与した影響が大きいためですが、なぜここまで発展を遂げることができたのでしょうか。
答えの一つは、創立者グザヴィエ・ニール氏の思想にあります。
ニール氏は、STATION Fを設立した理由として「自国の手助けがしたかった」と言います。同氏が旧駅舎を購入した2013年は、フランス政府のスタートアップ支援政策 La French Techが開始された年で、当時のフランスはスタートアップ・エコシステムが広がり始めたまさに黎明期でした。
そのような中、ニール氏が自国のスタートアップ・エコシステムに対して持っていた課題感は、「限られた人しか起業家になれない」というもの。
実際に、先述したFighters Programを設立した背景を、ニール氏の右腕だったロクサーヌ・ヴァルザ氏はHOLLOW WAYのインタビューで以下のように語っています。
出典:EU-STARTUPS
「創立者のグザヴィエ・ニールは、大きなビルを起業家で埋め尽くし、エコシステムを構築するだけでなく、誰もが起業家になれることを証明したかったのです。特にフランスでは、エリート主義的な教育システムの上に、エリート主義的な起業家マインドが成り立っている。STATION Fのエコシステムでも、特定の学歴を持つ人や社会的地位の高い人や経済的に裕福な人など、成功への道を歩む人たちが一部に限られていることがよくあります。ニールは、起業家が成功できる背景はそれだけではないということを証明したかったのです」
つまり、STATION Fには「どんなバックボーンを持つ人であろうと、アントレプレナーシップを持つ人に対して公平な機会を与えるための場所である」というポリシーが、さまざまな提供価値のベースにあります。
そして、パートナーシップを締結しているグローバル企業やVCを巻き込むプログラムなど、交流が生まれるさまざまな施策を打つことで、各アントレプレナーやスタートアップの成長を促し、質の良いインキュベーション施設として実績をつくり上げていきました。
起業家に門戸を開き、豊富なリソースとネットワークを提供すること、それが国家や一企業の成長戦略ではなく、創立者ニール氏の願いから始まったことが、STATION Fの特異な点であり、同時に世界的に成功したインキュベーション施設となり得た理由ではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか。
STATION Fは、ニール氏の思想をベースにスタートアップ・エコシステムが都市ではなく、一つ屋根の下に集積したことによって、よりエコシステムの密度が濃くなった事例としてご紹介しました。
STATION Fをベンチマークした施設として、2023年11月に東京 有楽町駅前にオープンした「Tokyo Innovation Base」や、2024年秋開業の日本最大のインキュベーション拠点「STATION Ai」など、世界中でSTATION Fの成功例を自国のスタートアップ・エコシステムの活性化に繋げようという動きが広がっています。
これから生まれる施設が第2、第3のSTATION Fとなり得るのか。
そのためには、施設内にスタートアップ・エコシステムが形成されていることは絶対条件で、その土台にどのような思想やポリシーが根づいているのかが、施設のユニークさと人を惹きつける魅力としてより重要と言えるでしょう。